〈スポーツと法律⑥〉スポーツの紛争解決制度

高山勝成選手のスポーツ仲裁申立 2018年の夏、日本ボクシング連盟のガバナンスの問題について多くの報​道がなされました。報道では、同連盟の元会長である山根明氏個人のトピックや連盟内部の問題に焦点が当てられることが多かったですが、これと同時​期に、東京オリンピック出場を目指す元プロボクサーの高山勝成選手が、日本ボクシング連盟に対し、スポーツ仲裁の申立を行いました。

東京オリンピックに出場するためには、アマチュア団体である日本ボクシング連盟に選手登録を行う必要があったのですが、山根氏の体制下では、元プロ含め、プロボクサーは一切アマチュア登録できないという取扱がなされていたことから、高山選手は、その状況を打破すべく、スポーツ仲裁を申し立てていたのです。

ところが、そうこうしているうちに、日本ボクシング連盟ではガバナンスの問題等が一気に噴出し、山根氏が会長の座を退くなど体制が一新されました。そして、新体制下となった日本ボクシング連盟は、2018年9月下旬、高山選手の選手登録を認めるという方針を決定しました。実際の登録手続はこれからのようですが、2018年9月末現在、アマチュア登録という高山選手の目的は、スポーツ仲裁の手続によらずに達成間近な状況となっています。高山選手の事案には、私自身、弁護団員の一員として関​与させていただいていたことから、簡単に経緯等をご紹介させていただきました。

前置きが長くなりましたが、今回は、高山選手が申し立てたスポーツ仲裁という手続のことや、スポーツに関するその他の紛争解決制度のお話を​させていただきます。

スポーツ仲裁とは

スポーツ仲裁とは、スポーツ特有の紛争に関する紛争解決手続として利用されるものです。

スポーツに関する紛争は、選手生命が短く早期解決の必要があることなどから、時間のかかる裁判所での訴訟手続になじまないことが多いため、迅速な進行がなされるスポーツ仲裁が利用されるのです。高山選手の事案ももちろんスポーツに関する紛争ですが、一般的には、大会の代表選手選考に関する紛争(選考から漏れた選手が、選考の不当性を主張する)や、選手等が不祥事を起こしたりドーピング検査で陽性となったりしたこと等を理由として出場停止等の処分を受け、その処分の軽減等を求める場合などに、よくスポーツ仲裁が利用されます。

スポーツ仲裁の国際的な機関として、スイスにあるスポーツ仲裁裁判所(Court of Arbitration for Sport,通称CAS。以下「CAS」といいます)が有名ですが、日本にもスポーツ仲裁を取り扱う機関として公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(Japan Sport Arbitration Agency、以下「JSAA」といいます)があります。

2012年ロンドンオリンピックの際、ボート競技の代表選考で補欠とされた武田大作選手が選考結果の取消等を求めてJSAAに申立を行ったところ、武田選手の主張が認められ、選考は取消されました。その上で、社団法人日本ボート協会は再度選考レースを実施し、武田選手はそのレースで見事代表の切符を勝ち取りました。

JSAAのスポーツ仲裁の手続

① 申立費用など

スポーツ仲裁は、選手等が団体に対し、団体の行った決定ないし処分の取消を求めて申立を行います。申立の際、JSAAのスポーツ仲裁では、申立費用50、000円をJSAAに納める必要がありますが、他方、申立人の資力に応じて弁護士費用等を支援してもらえる制度があり、申立をする選手等に経済的な負担がかからないような工夫がなされています。

② 仲裁の合意

スポーツ仲裁は当事者双方の合意がなければ手続を進めることができません。このため、申立をされた団体は、まず仲裁に応じるかどうかを選択することになります。

しかし、仲裁に応じなかった場合、JSAAによってその事実が公表されることになっており、これにより団体に対する信用ないし社会的評価が低下し、ひいては競技自体の人気の低下を招くおそれもあります。また、仲裁に応じず紛争を放置していても解決になりません。スポーツ団体としては仲裁に応じ、真摯に紛争解決にあたるべきでしょう。

なお、スポーツ団体が、団体の規約の中に後述の自動応諾条項を盛り込んでいる場合は、必ず仲裁申立に応じなければなりません。

③ 仲裁パネルの選任

団体が仲裁を行うことに合意すると、仲裁手続が開始されます。JSAAの仲裁手続は、原則、両当事者(申立人である選手等と被申立人である競技団体)が1名ずつ仲裁人を選任し、選任された2名の仲裁人があと1名仲裁人を選任して合計3名の仲裁人が「仲裁パネル」を構成して進められます。

④ 迅速な手続

JSAAの仲裁では、申立から1ヶ月以内に仲裁判断が言い渡されていることも少なくなく、迅速な解決が図られています。解決までに時間がかかると、選手が競技活動を行えない期間が長期化したり、大会に出場できなかったりして、最悪の場合選手生命が断たれかねないからです。申立をされた団体は、短期間に申立に対する反論を行う等、迅速に対応することが求められます。

自動応諾条項

JSAAでは、スポーツ仲裁の申立がなされたものの競技団体が仲裁に合意しなかったため、手続を開始できず終了せざるを得なかった事例が散見されます。

そこで、近年、JSAAの働きかけなどにより、競技団体の規約等に「競技団体に対する不服申立は、JSAAのスポーツ仲裁によって解決する」という内容の条項(「自動応諾条項」といわれています)を盛り込むことが増えてきています。この条項があれば、競技団体に対し仲裁申立がなされた場合、申立人と競技団体の間に仲裁合意が成立していると自動的に認められ、仲裁手続を進めることができるのです。

もっとも、2018年2月22日現在、自動応諾条項を規約等に盛り込んでいる団体は、JOC加盟団体及び準加盟団体に限れば87.1%とかなり数が増えてきました(高山選手がスポーツ仲裁申立を行った時点で、日本ボクシング連盟はJOC加盟団体の中で自動応諾条項を採択していない数少ない団体でした(2018年9月末時点でも未採択です))が、それ以外の団体では半数に満たず、特に、障がい者スポ-ツ団体は30%にも達していません。

今後より多くの競技団体が自動応諾条項を採択し、一つでも多くの紛争が公正な仲裁手続により解決されるようになることが期待されます。

スポーツ仲裁以外の紛争解決手続と課題

日本の競技団体の中には、JSAAのスポーツ仲裁によらない独自の紛争解決制度を有している団体もあります。たとえば、日本サッカー協会(Japan Football Association、以下「JFA」といいます)は、団体内に、不服申立委員会という機関を設けており、一定期間以上の出場停止等の処分を受けた者は、この委員会に対し、処分に対する不服を申し立てることができます。

しかし、この不服申立委員会の決定に不服がある場合は、スイスのCASにしか上訴できないことになっています。日本にはJSAAがあり、CASよりJSAAの方が言語や費用の面で利用し易いことは明らかであるにもかかわらず、JSAAを利用することは認められていないのです。

Jリーグでは、2007年、当時川崎フロンターレに在籍していた我那覇和樹選手が、体調不良によりチームドクターから受けた点滴がドーピング違反であるとして6試合の出場停止処分を受けたという事件がありました。我那覇選手は、点滴は正当な医療行為であったとして処分取消を求めたのですが、JリーグはJSAAでの仲裁を拒否し、CASでの仲裁にしか応じませんでした。CASでは我那覇選手の主張が認められ、出場停止処分は取り消されましたが、CASで手続を行ったため我那覇選手には費用面などで大きな負担がかかりました。

JFAの制度設計では、我那覇選手の場合と同じように、紛争解決のために選手に大きな負担を負わせることになる可能性があり、選手が声を上げることを諦めることになりかねません。競技団体内部で不服申立の制度が設けられるのは決して悪いことではありませんが、選手からのアクセスし易さ等,選手側の目線がないがしろにされたままでは、公正な紛争解決手続となり得ないと思われます。

(この記事は平成30年9月28日に執筆したものです)